全国の懐かしい町並みを見て歩いてかれこれ30年近くになりました。 その時の街並み紀行とあわせて、主に余り著名でないB級以下の建物やバスをはじめとした懐かしい車たちを色々な角度から見た画像なども紹介したいと思っています。 建物の模型等を作られる方の参考になればブログ主としては大変幸せに思います。

2014年5月14日水曜日

安芸灘とびしま海道を旅する 大崎下島 御手洗 その1

とびしま海道の4つ目の島、大崎下島の突端部にある港町・御手洗(『おてあらい』ではなく『みたらい』と読みます!)は江戸時代から栄えた港町の風情を残す街として重伝建地区に指定されました。
書物では見ていたものの、実際に行くのにはやはり距離的にもハードルの高い場所でしたが、いつかは瀬戸内の島巡りで訪れたいと思っていた場所です。
今回はここに来て泊まることを最大の目的にして旅程を組みました。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

先ずは御手洗の歴史解説をしなければいけません。
こちらは安芸灘とびしま海道連携協議会のサイトの案内から引用しました。
以下は引用文です。

『江戸時代、風待ちや潮待ちの港町として栄えた御手洗は、平成6年重要伝統的建造物群保存地区として国から選定されました。土地が狭いため数度にわたって埋め立てられた御手洗は、大小の商家、茶屋、船宿、住宅、神社、寺院などが混在し、集落中心路、集落連絡路、集落生活路(小路)等が網の目のように巡っています。また大波止、石橋、高燈籠、石垣護岸、雁木等、港町の生活上必要な土木的建造物が当時のまま現存しているものもあります。御手洗地区は17世紀の中頃形成されて以来、江戸時代の約200年間を経て昭和初期に至るまで、瀬戸内海交通の中継港として、時代時代に応じた発展を示し、その痕跡を今も集落内に留めています。 また、ここでは、地元の観光ガイドが、歴史や文化について分かりやすく案内をしてくれます。』

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらが一番の見所と言える常盤町通り。
江戸時代の街並みが残っています。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

狭い路地に妻入りの建物が連なっている様は距離は短いものの、なかなか迫力があります。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

上の写真の反対側・潮待ち館から見た様子です。
以前はここで街の案内をしていたようですが、休憩所ができて移転をしていて中は覗けませんでした。
移転の案内の張り紙がしてありますが、わかりにくく、もうちょっと配慮して欲しかったなあ・・・というところですね。

14.5.3 広島県 豊町御手洗


14.5.3 広島県 豊町御手洗

少し複雑な三叉路の角から先程やって来た方向を振り返ったところです。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらは江戸時代の遊郭・若胡屋(わかえびすや)です。
江戸時代、御手洗には4軒の茶屋=遊廓があって、風待ち・潮待ちの旅人相手に最盛期には300人もの遊女を抱えていたそうです。
4軒の遊郭の中でもこの若胡屋は最大級で、西日本一に遊郭と言われていました。


14.5.3 広島県 豊町御手洗

若胡屋の向かいにある酒屋さん。
その奥の金子邸は坂本龍馬も何回も泊まって倒幕のための条約を結んだという由緒ある場所です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらは世界から修理の依頼が舞い込むという有名な時計屋さんです。
日本で一番古い現役の時計屋さんのようです。

14.5.3 広島県 豊町御手洗
看板も渋いです。
ご主人が色々な説明をされていました。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

街を一望できる歴史の見える丘公園に向かいます。
上を見上げるとゾッとするような階段の連続です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

中腹まで登ってきました。
ここからでも中々な景色です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

画面中央に見える千砂子波止(ちさごはと)は、江戸時代に築かれた防波堤です。

14.5.3 広島県 豊町御手洗

こちらが歴史の見える丘公園一番上からの展望です。
対岸は愛媛県の岡村島です。


14.5.3 広島県 豊町御手洗


14.5.4 広島県 豊町御手洗

対岸の愛媛県岡村島から見た御手洗の街並み。

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